2011年07月19日

オットー・フォン・ハプスブルグの死に思う

オーストリア=ハンガリー二重帝国の最後の皇太子であるオットー・フォン・ハプスブルグ氏が亡くなった。98歳。大往生だと思う。

1990年代の初頭、東欧の共産主義政権が相次いで倒れ自由化された時に、確かハンガリーでは、このオットー氏を招いて王政に戻そうではないか、という声があったように記憶している。

当時の私は「王政復古」、つまり古ボケた体制の復活という感じがして、この声に非常に違和感を覚えたものであった。

王政と共和制を比べると王政の方が古めかしく、再びハンガリーが王政を選択するなら、歴史を逆戻りしているイメージがあったのだ。

しかしよくよく考えると、これもマルクスの影響力大ということであって、最近ではハンガリー王国の復活もあってよかったのではないか、と思うようになってきた。

第一、政治体制を進化論的に捉える考え方は、そもそも共産主義国の崩壊により、すでに破綻しているようでもある。

歴史的に見れば、かつて王政は確かに強固な身分差別社会の中で民衆を抑圧していたが、では現在、王政あるいは天皇制、帝政の国が全て、国民を自由から遠ざけているのかというと、そうでもあるまい。第一、日本はどうなのか?

だいたいが、国民を抑圧する存在は、何も王政というか、政治体制に限ったことではない。企業、因習、人間関係・・・、その種は日常生活の中に無数に存在している。当たり前だが、共和制の国の国民がみんなハッピーというわけでもない。

であるならハンガリーが1990年代に、あえて王政に戻るという道があってもよかったのに、と思ったわけだ。

オットー氏は長く欧州議会議員を務め、反ファシスト、反共産主義の人としても有名であった。仮にハンガリー国王となっても、今更、絶対王政を始めるわけでもあるまいし、できるわけでもないだろう。

20世紀末に王国となり、21世紀を迎えるという状況の中で、ひょっとしたら新しい国王と国民の関係が築けたかもしれないと思うのだ。

日本や、イギリスをはじめヨーロッパの王国が、ずっと続いていたがために、長らくの因習や前例、既得権益にとらわれてできないような新しい王政の在り方が、一度、リセットされた状態でスタートできたハンガリーでは、できたかもしれない。

それがどんなものかと問われると、私にもよくわからないのだが・・・。まぁ私の夢想に過ぎないのだけれど、見てみたかったという思いは、ある。

まだオットー氏の子供たちは残っているし、そういう意味ではハプスブルグ家は続いているのだが、再度、この一族が国王となることは、二度とないだろう。

共産主義政権の崩壊という局面を迎えた、あの当時のハンガリーだけが、たぶん最後の機会だったのだと思う。

とりあえずは、ご冥福をお祈りします。合掌・・・
posted by taney at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事
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