2009年02月02日

「学テ」結果公開

日曜日だったかな、毎日新聞(大阪版?)の1面にデカデカと載っていた。橋下大阪府知事の「学テ」結果公開の是非を問うアンケートで、府下の学校長のうち約90%が「反対」の意思を示したそうだ。

「反対」の理由の第一として、「学力は、学校だけでなく家庭や地域環境の問題も大きな要因となっているので、自治体あるいは学校ごとの成績を公開しても、あまり意味はない」ということが挙げられていた。

確かに、この意見は理解できる。学校や教師の努力だけでは解決できそうもない問題であることも理解できる。

しかし・・・、「だから、公開すべきではない」という結論になるのが、よくわからない。

橋下知事が就任して、はや一年。ある意味”小泉流”とも言えそうな「劇場型政治」・・・いや、橋下知事の場合は「激情」型政治の方が相応しいか。あれだけ怒って、怒鳴って、泣いて、情動に訴えているわけだから・・・は、ある意味、府民の心の奥底の叫びを代弁している---ように見えるので、教委や先生連中にとっては、たまらん結果になっているのだろう。

確かに、橋下知事のように、ある種、激情的に「公開ありき!」でコトを進めても、良い結果が生まれるかどうかは不明である・・・というか、「公開」しただけで、そしてヘタをすれば、関係者同士が責任を擦り付け合うだけで騒動が終わってしまう可能性もある(橋下府政に対する私の不安の第一は、このような彼のやり口と、その不安定さであるように思える)。

しかし、だから「非公開」というのも、極めておかしな論理だと思う。

校長センセたちが言うように、学力低下の問題は学校だけではなく、親や地域の問題もからんでいるとしたら、なぜ、その結果を親や地域と共有しないのだろう? 問題解決は、自分たちでできると思っているのだろうか? いや、たぶん違うだろう。むしろ自分たちでは何ともできないから、テストなどそもそもなかったかのように、つまり結果も公開せずにしておく方がいい・・・という結論なのではないか?

「いや、そんなことはない!」とこのブログを読んで思われる方もいるかもしれない。しかし、少なくともセンセたちが何かをしようという姿勢を、今まで全く見せなかったことが、激情型知事に好きなことを発言させている原因なのではないだろうか?

そういう意味で言えば、あの知事の発言は、センセ方の今まで積み重ねてきた「既存勢力」の姿勢の集大成の、その陰陽として現れたものだと言えるのかもしれない。そして、だからこそ、府民も知事の激情的なテクストに惹かれるのかもしれない。

まぁ、今センセたち、あるいは府の職員がたは、あの知事を忌み嫌っているのだろうけど、あれはある意味、「自分が歩いてきた道に伸びた、自分自身の影」の可能性があるのだってことに、もうちょっと注意した方がいいと、私は思うな。
posted by taney at 21:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 時事
この記事へのコメント
中学校教諭を10年勤めた者としては、非常に違和感を覚えます。
センセは何もしてないとお思いですか?
もちろん、井の中の蛙大海を知らずでしょうが、大海を泳ぐ魚が正なのでしょうか、井の中のことを分かってくれているのでしょうか?

突然の書き込み失礼しました。
Posted by くずはのウイルリー at 2009年02月02日 22:33
くずはのウイルリーさま・・・

どうもお久しぶりです。
コメントありがとうございます。

>センセは何もしてないとお思いですか?

何かしているようには、見えないんじゃないでしょうか。
「何もしていないように見える」と思わせてしまうところが、問題なんじゃないでしょうか?

販促屋の私からすると、「何もしているように見えない」ということは、「していないことと同じ」でもあるのです。

「やっている」とアピールすることが必要なのですよ。成果はとりあえず、行動として、何かしているということが。

府民に対し、今までとは変わっていないような印象を与えていては、あのような激情型知事が出てきて、一般の府民に向かってアジテーションされてしまうと、もう堪えようがなく決壊していくわけです。

激情型ではなく、もっと理知的に府民の支持を得られるようなアピールが、今、求められているのではないかと思ったわけです。

私も子供がおり、小中学校へ行かせていますので、がんばっておられる先生も知っていますし、何だなかぁ・・・と思わされる先生も知っています。人としては、すごくいい人なのに、教師としてはイマイチ、物足りない、と感じる先生もいます。教師の友人に・知人もいます。

いろんな先生をひとくくりにするのは乱暴でしょうが、総体として教師を見ると、何をやているか、よくわからんという印象になっているわけです。それが、父兄の一因でもある私にとって、歯がゆい部分でもあり、今回のブログになったという次第です。

よろしければ、またコメントお寄せ下さい。よろしくお願いいたします。
Posted by taney at 2009年02月03日 13:43
何もしてないように見えるのが問題???

そうかもですが

何かをしてるように見せるのが大切だと思うのですか?それはどうでしょう。
社会の縮図のような環境では、taneyさんの望むような教育は無理と言えます。
ごますりタイプに教頭先生のようなのが昔からよくドラマでは描かれています。あれが販促(?)のルールかもです。あの様な態度を完全に拒否して、視線を上司にではなく、お役所にでもなく、子供に対しての目線でぶつかっていくことが基本です。

授業が基本です。
それは、親に対しても教師自身に対しても声を大にして言わなくてはなりません。

橋下(ハシゲと呼ばれてるみたいですが)は、賢い側の理論しかまだ見えていません。彼もコンプレックスを感じてそれなりに頑張ったのでしょうが、彼がホントはできる側のほんの数パーセント側の人間であることに彼はまだ気づいてないのです。

彼の改革への意識はよく理解できます。
ただ、教育に関しては、人間が冷たすぎます。
Posted by くずはのウイルリー(びっけパパ) at 2009年02月03日 23:22
くずはのウィルリーさま

ありがとうございます。

>視線を上司にではなく、お役所にでもなく、
>子供に対しての目線でぶつかっていくことが
>基本です。

>授業が基本です。
>それは、親に対しても教師自身に対しても
>声を大にして言わなくてはなりません。

同感なのです。

今にして思うのは、「くずはのウィルリー」さんのような
肩が、教師を続けてくださっていれば・・・思うのです。
まぁ、私は、どうのこうの言う立場にはないのですが。

>彼の改革への意識はよく理解できます。
>ただ、教育に関しては、人間が冷たすぎます。

思えば、今まで大阪府知事を拝命された方で、「改革の香り」を
漂わせていた人間は、皆無といっていいと思います。
だから、府民の指示の大きいのでしょうが。

こんな例を出したら問題ありかもしれませんが、
あの、20世紀最大の極悪人にも比されるヒトラーだって、
出てきた時には、民衆の圧倒的な支持を得ていました。

別に「ハジゲ」だんがヒトラーと言うつもりは、サラサラ
ありませんが、「ハシゲ」さんのパフォーマンスに対抗する術を
教師は教師で持たねばならないと思うのです。

そういう意味で、私は正直なところ、ちょっと心細く思っている
次第です。

ちょっとうまくまとまりませんが、ご返答まで。
Posted by taney at 2009年02月05日 20:54
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