2008年10月01日

4>20

思わず、「う〜ん」と唸ってしまったニュースがある。三越百貨店というか三越伊勢丹HGが、4店舗閉鎖するというニュースだ。うち2つは鹿児島店、池袋店という都心部の大規模店。あとの2店が名取店と武蔵村山店で、開業わずか2年ほどで閉店という。

「う〜ん」と唸り続けている間に、今度はスーパーの西友が、20店舗の閉鎖を発表した。

しかし自分としては、西友の店舗閉鎖はあまり大きな衝撃ではない。どちらかといえば「なるほどね」という感じ。「4店閉鎖」が「20店閉鎖」を、私のマインドシェア(?)で上回っているということか。

これはおそらく、百貨店とスーパーに対するイメージ的な軽重の差から来ているのではないか。
 
 
まぁ一方的な予断と偏見に過ぎないのかもしれないが、私にとってスーパーは、どちらかといえば「スクラップ&ビルト」のイメージ。店舗もいささか安普請。プレハブ的な建物であったり、あるいはマンションの1階ワンフロアの展開だったり。

もちろん「20店舗閉鎖」というのは、西友関係者の皆さんにとっては忸怩たる数字なのだろうし、そういう意味ではご同情申し上げるが、ホンネとしては「ダメなら、さっさと止めるしかないよねぇ」と冷静に言ってしまえる。

しかし百貨店の店舗展開は、これとは対極にあるべきだ・・・と私は常づね思っているので、たかが4店舗でも、「へぇ〜〜〜〜?」という驚きの方が大きくなるのだ。

「スーパーと対極にある」とはどういうことか。

いみじくも、今回の三越の店舗閉鎖に、それが表れているのではないだろうか。

カンタンに言えば、「引き寄せる」か「押しかける」かの違い。

先にも述べたように、三越閉店4店舗のうち「名取店」と「武蔵村山店」は開業がここ2年以内。それともうひとつ、共通点がある。どちらも郊外の巨大ショッピング・センター「イオンモール」の一角にあるという点だ。2店とも開店以来、ずっと売上が不調であったらしい。

百貨店はね、大都市のまん真ん中に鎮座しているべきではないか?

破たんした「そごう」の例を見ればわかる。雨後の筍のように、地方の都市に出店を繰り返していた。まるで食品スーパーのように、だ。それが結局、百貨店の「格」、というより「のれん」を落としていた。

「あなたの街のダイエー」は、ダイエーだから許されたのであって(でも、ダイエーも・・・)、百貨店は、私やあなたの街にあってはいけないのだと思う。

これは、私が田舎生まれだから特にそう思うのかもしれないが、百貨店はやはり「ハレ」の買い物を受け入れる存在であって欲しい。私が子供の頃、奈良の田舎から梅田の阪急あたりに行く(買うのではなく、『行く』)、オヤジもオフクロも、いい服着てたよなぁ、なんて思いだすが、今でもそうあるべきではないのか、と考えるのだ。

それでこそ、小売業として他の業態と差別化できるのではないか。

たとえばファッションにしても、今はユニクロでもしまむらでも、それなりの物が安価で買える。だから店も増えているのだろうし、あの手の業態は、どんどん郊外の住宅地とか人が暮らしている現場に「押しかけ」て行けばいいのだ。そして人々の日常を支えればいいのだ。

ところが、このような日常の現場であるニュータウンの大規模ショッピングセンターで、ジャスコと数多くのこじゃれた小売店に囲まれて存在する「百貨店」って、いったい、どんな存在意義があるのだろうか(大阪府下にもあるけど・・・)。百貨店が、わざわざお客を追っかけていって、どうするのだろうか?

やはり、百貨店は客を「引き寄せ」る場でないと。人を引き寄せる磁場を持たないと、百貨店の価値はないと思う。ニュータウンに「押しかける」ことで、自ら客を「引き寄せる」磁場を失ったのではないか。

だから、百貨店はもうこれ以上、店舗を増やす必要はないと考える。「それでは成長できない」と言われるかもしれないが、数的に成長しない成長もあってもよいのではないかと思う。少子高齢化の日本で、数量的(店舗数)な制限を加えることで反対に、店としてのクォリティとバリューを高めていく方向性を、これから模索すべきではないかと思う。

あるいは、近鉄あべの店のように、店舗ビルを日本一の超高層(2014年完成だそうです)にするなど、現状の店そのもののバリューと集約力を高めるのも、ひとつの手なのかもしれない。同じ資本投下なら、こっちの方が良いと思う。

そういう意味において、今回の一連のニュースで私が一番驚いたのは、実は「三越池袋店」の閉店であったことを、最後に付け加えておきたい。
posted by taney at 14:50| Comment(6) | TrackBack(0) | 時事
この記事へのコメント
 不穏当な言い方になるけれど 客を選んでいた筈の小売が 接点を増やすがあまり 立場が逆転して 篩い落としていた客から 選ばれなくなっちゃった。
 何がいいたいのかというと 下々のところまで降りてきたミツコシに 昔抱いていた憧れとかステータスなんて既にどこにもないのです。
 敬愛するマルクス3兄弟の長兄グーチョが言ったといわれる言葉があります。「私を招待してくれるクラブに私は入りたくない」。というわけで たにしはこのニュースについて 篩い落とされた平民にとっては ザマミロと思ったりするのです。
 でもこれもまた僻み根性が入っていて ホンネはあにさんのいう通り 「百貨店はやはり「ハレ」の買い物を受け入れる存在であって欲しい」のです。

Posted by たにし at 2008年10月01日 22:55
たにしさん、お久しぶりです。元気ですか?

なるほど、「私を招待してくれるクラブに私は入りたくない」ね。よく言ったものです。

「ハレ」の買い物って、いつからなくなったのかなぁ。今、「ハレ」というと、上京して六本木行くとか(関西人だからね)かなぁ。

市場背景が、僕らが子供の時と違って、いろいろ変わっているから、小売業も難しいと思うけど、そんな時代だから、軸はブレて欲しくないと思うんですよね。アナクロ的かもしれんけど。

僕はあまり三越に何の感情もなかったので(関西人だから?)、特にザマミロとも思わなくて、そんな背景から、ただただ「あちゃ〜・・・」と思ったわけです。

とりあえずは、百貨店各社さんには、がんばって欲しいよね。

大阪的には、大阪駅北の新ビルへの三越伊勢丹(三越単独じゃないのね・・・)と、本文にも書いた近鉄あべのの成り行きを見てみたいですね。

そういえば、昨日から阪急阪神になったんだったっけ?

取り急ぎ。

コメント、ありがとうございます!
Posted by taney at 2008年10月02日 10:03
子どもの時にデパート(百貨店とは呼ばず)へ行くのは楽しみの一つ。
親戚の子らと映画の後はよく行ったっけ・・・。
目当ては屋上遊園地と食堂のお子様ランチ。
好きなおもちゃの前で駄々をこねた思い出は今でもあります。
1階のエントランスが豪華で素敵。
エレベータガールのお姉さんが奇麗と思った。

地元の田舎に最初に出来た都会の匂いは
「そごう」と「メンズ・ビギ」の店舗。
それまではダイエーだけ。
ビギはいつのまにかなくなり、
そごうも清算後地元の百貨店に・・・
タイのバンコックの「そごう」にも行ったことがあるが
あそこも高級な場所でした。まだあるのかな??

そう、社長が言うように「ハレ」の場ですね。


Posted by でび at 2008年10月05日 18:44
でびさん どうも。

百貨店は、テーマパークやったね、僕らが子供のころは。

レジャーが気軽、お手軽になりすぎてますな、現代は。

遊びに連れて行くお父さんの権威も、微塵もありませんね。何事もありがたみがない。

考えれば、バリューレスな時代かも。

Posted by taney at 2008年10月06日 13:42
ほんま。 子供のころは デパートで、、わくわくしてたー!!  ちょっといい服着て、由紀は高島屋やってんけどな、、。堺東の、、。

 屋上のこじんまりした遊園地みたいなの、、。  その下の階のレストラン、、。
 
 近鉄行く時は歩道橋で昆虫売ってたり、色付のはりがねで細工してたり、、。  (ねばって細工教えてもらった、、)

  いつぐらいからデパートから百貨店になったんかな〜?
Posted by ゆき at 2008年10月10日 13:57
>ゆき

堺東の高島屋! ローカルやなぁ。
でも、あそこも立派な都会やな。僕らから見たら。

そういえば、デパートの屋上の遊園地って、みんな消えてもうたなぁ。
Posted by taney at 2008年10月14日 16:43
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